2019年11月02日

No 18 小林守利議員の長男で、「美創建業」代表取締役の、小林美仁氏の「証言」

 小林守利議員の長男で、「美創建業」代表取締役小林美仁氏の証言


➀ブロック塀工事の経緯と内容について 

*7件の随意契約になった工事について、同業者から集めた「相見積書への金額の記入は美創建業が行って市へ一括して提出したと小林議員が『全員協議会』で明言したことについてどう思っているのかとの問いに対して、「自分の判断ではない、市の職員より『上の者から相見積を一括提出してもらうよう言われた』と連絡してきたのでそうした」と答えました。
他社の見積書への見積金額の記入も小林社長が行ったことは間違いないと認めたのに、慣例であり、指示に基づいて行ったと述べています。
問題の中心点は、他社の見積書の金額まで美創建業が勝手に記入したことにあるのに、そのことまで自分の判断ではなく市の職員の指示であったかのように答えているように聞こえました。もしこの言い分通りであれば、市の職員に官製談合防止違反の罪を負わせることになりかねないことです。
美創建業の社長として、市の職員にそのように罪を着せることになることを自覚していながら答弁したのかどうか、再度の尋問を行うべきではないかと考える次第です。
しかも、「これまでも相見積書をまとめて一括提出したことはあったのか」、という問いに対して、「ありました」と答えていましたので、ことは重大であり、厳重な調査が求められることは言うまでもありません。
*「ブロックを工事の途中で、もう1段分上積みした事実はあったか」、との問いに対して、「あった」と答え、そうしたほうが作業がしやすかったからと答え、自分から申し出たことであり、費用はさほどのことでは無かったので追加請求はしていないと答えました。このことは、市の道路課ではどのようの認識しているのか、検証が求められます。
*新井親子がどちらも、「何の連絡も挨拶も無しに工事が始まった」と証言したことについて、小林美仁証人に対して、「地権者に工事開始の挨拶に行かなかったのか」との問いがなされたのは当然の事でした。
驚いたことに、小林社長は、「行きました」とは言わず、「工事開始予告のビラを近隣に配付いた際に、新井宅へも間違いなく配布したことは確認している」と答えました。
工事を開始するに当たって、連絡しない、挨拶にも行かないという非常識なことが本当に事実だったのか、疑問が残りました。
*「そのチラシには、市が行う工事と分かるように書いてあったか?」との問いに対して、「発注者は上尾市と明記してあります」と答えました。
そのチラシは証拠となるものなので、委員会へ提出してもらうことになりました。
*「市の工事を始めるに当たっては、工事表示看板を出す必要があるはずだが、最初は看板が出ていなかったと聞いているが、なぜなのか?」という問いに対して、小林社長が「市から出さないでくれと言われたから」と答えたため、議場と傍聴席でどよめきが起きました。
 「看板を出すなと言ったのは誰か?」との問いに対して、「道路課の職員2人の内の一人」と答弁がされました。この件も、道路課の対応の事実をしっかり調査する必要があります。
*「フェンスの工事は、当初は予定されていなかったのではないか」、との問いに対して、
「知らない」と答え、「フェンスの高さは誰が指示したのか」との問いに対しては、「高さは1mくらいと思うが、記憶は曖昧です」と答えていました。
フェンスのことは曖昧なことが多く、さらに明確にしていくことが望まれます。

 ➁小林守利議員と渇社美創建業との関係について

*「美創建業社と小林議員の関係はどうなっているのか?」との質問に対して、「現在は関係ございません」と答えました。役員ではないし、社員でもないということです。
 小林議員が、都市整備部へ頻繁に出入りして、ブロック塀工事に関わってきたことを、何人もの幹部職員が証言していることについて、美創建業の社業とは関係ないで済ませようとすることは、社長としての社会的責任をまったく感じていないと言わざるを得ません。。
*「小林議員と同居しているのか」との問いに対して、「1階に父が住み、それ以外の家族は2階で生活している」と答えました。「生計費(例えば光熱費)誰が支払っているのか」との問いに対して、「別々にはならないものもあると思うが、これはプライベートなことであり、答弁を控えたい」と述べました。
 「親子の関係の問題ではなく、会社(法人)と個人の区別(けじめ)の問題として聞いている」との問いに対しては、「会社の経費と個人の生計費は別ものと管理している」と答えました。
*「小林議員のことを『会長』と呼んでいるのではないか?」 との問いに対して、「そう呼んでいる人がいる」ことは認めました。
*「父が議員になって美創建業の仕事が増えたと思っているか」との問いに対しての答弁は曖昧で、よく聞き取れませんでした。
*「小林議員が市からの書類を預かってきたり、市への書類を父に託して届けてもらうことはあったのではないか」、との問いに対しては、「会社の職員が受け取ってきたと思っていた」
と答え、「市の仕事のことで小林議員と話し合ったことは無いのか」との問いに対しては「ありません」と答えましたが、疑問が残りました。


posted by ひろみ at 06:19| Comment(2) | 100条調査特別委員会

2019年11月01日

No 17 (100条委員会)、新井元市長の長男で、市議会議員を務めている新井金作氏の証言

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  「埼玉新聞」

新井元市長の長男で、市議会議員を務めている新井金作氏の証言 

➀ブロック塀工事の経緯と内容について 
*新井金作議員は、ブロック塀工事が行われていた当時は、議会の最大会派「新政クラブ」の代表としてリーダーの立場にあり、小林議長を支えていた盟友でした。
父親の元市長と同居しており、ブロック塀工事が行われた敷地は、新井家の所有地であることを知っていたことはもちろん、工事中は毎日その前を通って外へ出かける生活でしたから、工事が行われていたことはさすがに否定できませんでしたが、大室委員長からの冒頭の主尋問に対して、ほとんどすべて「記憶にない」「関心が無かった」「現地での立会には同席していない、ブロック塀の工事が行われているのを見掛けたことはあるが、市が工事するという話も聞いていなかったなどと答弁し、「知らぬ、存ぜぬ」を通しました。
父親が「知らぬ、存ぜぬ」と証言しているのを、息子が覆すことは出来なかったのかもしれませんが、親父がやっていたことだから関心が無かっただけで済ませることではなく、現職の議員としての見識を示す責任が問われます。
*「8月20日と30日に行われた現地調査に、新井議員も立ち会っていた、と他の証人が証言しているが、一度も立ち会った記憶がないのか?」 との問いに対しては、「対応を正式に求められたことはない。顔を出したことはあったかもしれない」と答えました。
* 「住民監査請求に対する監査委員会の報告書には新井議員が立ち会っていたと記録されている、。その報告書の中に立ち会っていた人物の写真がある。足元の写真なので、顔を確認することは出来ないが、スリッパを履いている。この人物は新井議員ではないか、自分で確認してほしい」との問いに対して、写真を眺めた上で、初めは「自分かどうか分からない」
と述べ、次いで「自分ではないと思う」と答えました。あいまいさが残る答弁です。
*「工事を始めるにあたり、市や業者から連絡や挨拶は無かったのか」との問いに対しては
「なかった」と答え、「誰が工事しているか知らなかったのか」との問いには、「美創建業は顔見知りなので知っていた」と答え、「市がやっている工事とは気が付かなかったのか」との問いに対しては、「市の工事看板は見ていなかった」と答えました。
*「現地調査に立ち会っていた市の職員から、『新井議員から強く叱られた。お前はいつもそういうことを言うと言われた』との証言がされているが事実か、との具体的な質問に対して、「元水道部長だった高橋がいた。言っても無駄だと思ったイメージがある。自分の言葉の内容についての記憶はない」と、突如職員の人名が飛び出して具体的になりましが、自分が述べた言葉の記憶はないと語りました。
「立ち合っていたことを認めたことになるが」と確認を求めたことに対して、「立ち合った感覚はない。何をやっているのか見に行った。こいつではダメだと思った」等と答えましたので、傍聴者は、立ち会っていたことは間違いないと受け止めることになりました。
*「市が勝手に工事をしたと言う認識なのか」という問いに対して、「ブロック塀工事を美創建業がやっていたことは知っていたが、新井家が発注したとは思っていなかった。親父がやっていることなので、関心がなかった。」と答えました。
*新井元市長が、工事費相当の現金を返却した理由として、「息子から返して欲しいと言われから」と証言しているが、あなたはそれを事実と認めるか」、と問われたことに対して、
「議会での様子から、必ず返せと請求がくる。どうせなら、早く返したほうがよいと言った。」と答えました。
*「それは、新井家が行うべき工事という認識をされたということか」、との問いに対しては、「職員に迷惑がかかるから」と、意味不明のことを答えています。
*宮口課長から、新井議員に、工事の発注先について、「美創建業とは別の業者にしたいので、了解願いたい」という趣旨の電話をした折に、『俺はいいと思うが親父に聞かないと分からない』と答えられたとの証言を聞いているが、それは事実か?」との問いに対しては、
「まったく記憶がない。関心が無かったので、記憶にない」と答え、「父とこの件で話し合うことは無かったのか」との問いに対しては、「ないと思う」と答えました。
「(大阪でのブロック塀が倒れた事故のことを知って)心配だから直す必要があると話し合っていたことはあったのではないか?」との問いに対して、「大阪の事故の後に、自宅の前のブロック塀が傾いていたことについて話し合ったことはある」と答えました。
*「大阪の事故について関心を持っておられたのなら、(自宅前のブロック塀が工事されて新しくなったことを見て、良かったと思わなかったか?)との問いに対しては、「良かったとは思った」と答え、「そのことを父と話したことは無いのか?」との問いに対しては「ない」と答えました。
*市がやっている工事ということを、最後まで知らなかったのか?」との問いに対しては、
「まったくかどうかは???」と言い淀み、「関心は無かった」と答え、「市の工事看板が
よく通る道に立っていたが気付かなかったのか?」との問いに対しては、「見た覚えがない」と答えました。

➁新井元市長と小林守利議員の関係について
*「当時、小林議長と合ったことは無かったのか」との問いに対しては、「会ったことはあるが、ブロック塀のことを話し合ったことは記憶にない」と答え、新井議員は小林議員のことは話したがらない様子でした。
 ましてや新井元市長と小林議員との古くからの長い関係については、尋問もほとんどなされていません。
 新井議員への尋問の時間はわずか30分とされていたため、そもそも新井元市長と小林議員の関係について突っ込んだ質問を出来るような時間は確保されていなかったと感じます。
 上尾の市政と議会の問題点は、新井元市長の時代に遡って検証しなければ原因の究明が不十分と思われます。
 今回の証人喚問では、新井元市長も新井議員も、知らぬ存ぜぬ、の対応が多かったことでもあり、再度の喚問を行うべきではないでしょうか。
*最後に、「市の職員から、新井議員の答弁とは異なる証言がいろいろなされているが、市に対して抗議するのか?」という問い対しては、「誤りとは言っていない。記憶にないだけ。」と答えました。議場で笑いが起きた様子が伺え、傍聴席でも笑いが起きました。







posted by ひろみ at 03:55| Comment(0) | 100条調査特別委員会

2019年10月30日

No 16 上尾市役所の幹部職員に対する「証人喚問」――その3

3.保坂 了都市整備部長(現在は退職者)の証言 

➀ブロック塀工事の経緯と内容について 
*いつどのように誰と協議して判断したかの具体的な検討過程についての記憶がまったく曖昧で、宮口課長にお任せにしてきたことが感じられる証言ぶりでした。
*「ブロック塀が傾いているので見に来てほしい」と言われ、調べに行った職員の態度について新井元市長から電話で叱られたため、パニック状態になり、なんとか対応しなければならないの想いが強く、「元々市が行った工事だから市が直すのは当然」という新井元市長や小林議長の主張を飲み込むしかないという方向で対処してきたことを認めました。
*一つの工事なのに7つに分割して入札を回避し、随意契約にすることで、美創建業に一括発注することも可能とする抜け道に同意したことは、特例であり、不適切であることを知っていながら、これしかないと考えて進めてしまったことも認めました。
*島村前市長の下で上平への新図書館複合施設建設計画を忠実に進めてきた教育総務部長の職から、市長が畠山市長に交代した下で、図書館計画の見直しの後始末ではなく、都市整備部長の要職に横滑りできた幸運を大切に考えれば、畠山市長や松澤副市長に相談して慎重に対処すべき立場であると思われますが、「市長や副市長に相談するという選択肢は想い浮かばなかった」と答えたことには驚きました。元市長や小林議長との縁の方が長く深かったことでのしがらみに捉われていた結果と考えられます。
*都市整備部長に就任して半年もたっていない時期であり、定年退職が目前(残りは半年余)に迫っていた保坂氏にとしては、仕事は経験豊かな次長や課長に任せて上に乗っかっていること、安穏に過ごすこと、が一番良いことだったと思われますが、次長、課長まで元市長や議長の影響を受けて行動したことにより、保坂氏の運が尽きてしまったようです。

➁新井弘治元市長、小林守利議員との関係について 
*保坂氏は、40歳頃から新井市長の下で市の中堅幹部職員として働き、新井市長には恐れを感じてきた様子が伺え、退任して元市長になってから10年以上たっている今でも、特別に対応しなければならないという観念を持っていたことが明らかとなりました。
*現場の職員の態度について叱られたので、お詫びに行くことについて、小林議長が同行し、部長、次長、課長が揃って元市長宅へ訪問するというような対応は、ますます元市長の権威を高める原因となる恐れがあり、許されない行為です。しかるに、保坂部長は、カステラを3本も買って、新井元市長だけでなく、新井金作議員と小林議長の分まで用意したと証言しており、自分への風当たりを和らげることばかりに腐心し、今後へのマイナス影響のことは考えもしていないことは、如何なものかと思います。
*新井元市長の意を受けた小林議長が頻繁に都市整備部に出入りし、部長室が次長や課長も集めての小林議員との懇談・交流の場となっていたことを、保坂部長も認めました。
*しかも、世間話だけではなく、畠山市長や松澤副市長のことを気にくわないと非難する内容の話をし合っていることまで明らかにされており、絶対にあってはならないことだと思いました。市長が代わっても、有力議員を介して、癒着してきたつながりや体質が維持されていることは、許されることではありません。都市整備部だけの問題では無さそうに思われ、この際、100条委員会で徹底調査が行われることを望みたいものです。

Bその他、上記に付随する内容について 
*「公務員としてどこを向いて仕事をするのか。市長と部下との関係で、組織人として報告や相談をすることは義務ではないか」との問いに対して、「市で工事することは悪いと思っていなかった(当時)。分割して随意契約にすることはダメなことなので、相談すべきことでは無かった。お詫びするしかない」と答えました。
*「保坂部長が、市長はクリーンにやりたいと言っているが、思うようにいかないこともあると述べていた」という証言が別の人からされているが、事実なのかという問いに対して、「自覚していない。申し訳ない」と答えました。
「畠山市長から聞かれたことはあるか?」という問いには、「6月の井上議員からの質問の後、副市長からはヒアリングを受けたが、市長からは何もなかった」と答えました。
*「新井元市長と小林議長と畠山市長の関係について、誰から聞いていたか」との問いに対して、「小林議長から」と答え、「それは何のことか?」という問いに対しては、「何かは分からないが、アプローチしたが跳ね返されたと聞いている」と答えています。
気になる言葉ですので、100条委員会で究明されることを望みたいものです。
*「次長が人事シートを作っていることについて、相談があったか」という問いに対して、「着任して1年目なので、職員のことをよく知っている次長に頼んだ覚えがある。」と述べ、小林議長と美創建業との関係について、「小林議員は美創建業の社員と見ているのか」との問いに対して、「認識が不十分だった」と答え、小林議員のことを「会長」と呼んでいる人がいる事を知っているか」という問いに対しては、「知らなかった」と答えていましたが、最後の2問への答えには疑問を感じました。


posted by ひろみ at 11:38| Comment(0) | 100条調査特別委員会