2019年11月01日

No 17 (100条委員会)、新井元市長の長男で、市議会議員を務めている新井金作氏の証言

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  「埼玉新聞」

新井元市長の長男で、市議会議員を務めている新井金作氏の証言 

➀ブロック塀工事の経緯と内容について 
*新井金作議員は、ブロック塀工事が行われていた当時は、議会の最大会派「新政クラブ」の代表としてリーダーの立場にあり、小林議長を支えていた盟友でした。
父親の元市長と同居しており、ブロック塀工事が行われた敷地は、新井家の所有地であることを知っていたことはもちろん、工事中は毎日その前を通って外へ出かける生活でしたから、工事が行われていたことはさすがに否定できませんでしたが、大室委員長からの冒頭の主尋問に対して、ほとんどすべて「記憶にない」「関心が無かった」「現地での立会には同席していない、ブロック塀の工事が行われているのを見掛けたことはあるが、市が工事するという話も聞いていなかったなどと答弁し、「知らぬ、存ぜぬ」を通しました。
父親が「知らぬ、存ぜぬ」と証言しているのを、息子が覆すことは出来なかったのかもしれませんが、親父がやっていたことだから関心が無かっただけで済ませることではなく、現職の議員としての見識を示す責任が問われます。
*「8月20日と30日に行われた現地調査に、新井議員も立ち会っていた、と他の証人が証言しているが、一度も立ち会った記憶がないのか?」 との問いに対しては、「対応を正式に求められたことはない。顔を出したことはあったかもしれない」と答えました。
* 「住民監査請求に対する監査委員会の報告書には新井議員が立ち会っていたと記録されている、。その報告書の中に立ち会っていた人物の写真がある。足元の写真なので、顔を確認することは出来ないが、スリッパを履いている。この人物は新井議員ではないか、自分で確認してほしい」との問いに対して、写真を眺めた上で、初めは「自分かどうか分からない」
と述べ、次いで「自分ではないと思う」と答えました。あいまいさが残る答弁です。
*「工事を始めるにあたり、市や業者から連絡や挨拶は無かったのか」との問いに対しては
「なかった」と答え、「誰が工事しているか知らなかったのか」との問いには、「美創建業は顔見知りなので知っていた」と答え、「市がやっている工事とは気が付かなかったのか」との問いに対しては、「市の工事看板は見ていなかった」と答えました。
*「現地調査に立ち会っていた市の職員から、『新井議員から強く叱られた。お前はいつもそういうことを言うと言われた』との証言がされているが事実か、との具体的な質問に対して、「元水道部長だった高橋がいた。言っても無駄だと思ったイメージがある。自分の言葉の内容についての記憶はない」と、突如職員の人名が飛び出して具体的になりましが、自分が述べた言葉の記憶はないと語りました。
「立ち合っていたことを認めたことになるが」と確認を求めたことに対して、「立ち合った感覚はない。何をやっているのか見に行った。こいつではダメだと思った」等と答えましたので、傍聴者は、立ち会っていたことは間違いないと受け止めることになりました。
*「市が勝手に工事をしたと言う認識なのか」という問いに対して、「ブロック塀工事を美創建業がやっていたことは知っていたが、新井家が発注したとは思っていなかった。親父がやっていることなので、関心がなかった。」と答えました。
*新井元市長が、工事費相当の現金を返却した理由として、「息子から返して欲しいと言われから」と証言しているが、あなたはそれを事実と認めるか」、と問われたことに対して、
「議会での様子から、必ず返せと請求がくる。どうせなら、早く返したほうがよいと言った。」と答えました。
*「それは、新井家が行うべき工事という認識をされたということか」、との問いに対しては、「職員に迷惑がかかるから」と、意味不明のことを答えています。
*宮口課長から、新井議員に、工事の発注先について、「美創建業とは別の業者にしたいので、了解願いたい」という趣旨の電話をした折に、『俺はいいと思うが親父に聞かないと分からない』と答えられたとの証言を聞いているが、それは事実か?」との問いに対しては、
「まったく記憶がない。関心が無かったので、記憶にない」と答え、「父とこの件で話し合うことは無かったのか」との問いに対しては、「ないと思う」と答えました。
「(大阪でのブロック塀が倒れた事故のことを知って)心配だから直す必要があると話し合っていたことはあったのではないか?」との問いに対して、「大阪の事故の後に、自宅の前のブロック塀が傾いていたことについて話し合ったことはある」と答えました。
*「大阪の事故について関心を持っておられたのなら、(自宅前のブロック塀が工事されて新しくなったことを見て、良かったと思わなかったか?)との問いに対しては、「良かったとは思った」と答え、「そのことを父と話したことは無いのか?」との問いに対しては「ない」と答えました。
*市がやっている工事ということを、最後まで知らなかったのか?」との問いに対しては、
「まったくかどうかは???」と言い淀み、「関心は無かった」と答え、「市の工事看板が
よく通る道に立っていたが気付かなかったのか?」との問いに対しては、「見た覚えがない」と答えました。

➁新井元市長と小林守利議員の関係について
*「当時、小林議長と合ったことは無かったのか」との問いに対しては、「会ったことはあるが、ブロック塀のことを話し合ったことは記憶にない」と答え、新井議員は小林議員のことは話したがらない様子でした。
 ましてや新井元市長と小林議員との古くからの長い関係については、尋問もほとんどなされていません。
 新井議員への尋問の時間はわずか30分とされていたため、そもそも新井元市長と小林議員の関係について突っ込んだ質問を出来るような時間は確保されていなかったと感じます。
 上尾の市政と議会の問題点は、新井元市長の時代に遡って検証しなければ原因の究明が不十分と思われます。
 今回の証人喚問では、新井元市長も新井議員も、知らぬ存ぜぬ、の対応が多かったことでもあり、再度の喚問を行うべきではないでしょうか。
*最後に、「市の職員から、新井議員の答弁とは異なる証言がいろいろなされているが、市に対して抗議するのか?」という問い対しては、「誤りとは言っていない。記憶にないだけ。」と答えました。議場で笑いが起きた様子が伺え、傍聴席でも笑いが起きました。







posted by ひろみ at 03:55| Comment(0) | 100条調査特別委員会